サクラノタヨリ
県政や県議会で感じたことを書いています

富士市管内の現状を確認

4年前の当選直後、富士市内の道路や河川、港湾に関する県事業の実態
を確認するため、県土木事務所の皆さんに案内して頂きましたが、それ
から早いものですでに4年経過しました。ここで4年間の進捗を確認する
ための管内視察に行ってきました。


1.早川入道樋門

早川樋門内側 早川樋門 


富士市の西部を流れる富士早川の海岸出口はポリプラスチック富士工場
の近くにあります。下堀と早川が合流して富士海岸に注いでいますが、
海岸からの砂で出口が覆われてしまい、定期的な浚せつが必要な箇所です。


本来なら砂防用のテトラポットをさらに海岸近くに置きたいところですが、
そうすると津波対策力が減衰してしまうとのこと。田子の浦港の浚せつの
ようにずっと行い続けなくてはなりません。


富士海岸の堤防


こちらの写真は私が選挙中にずっと訴えてきた富士海岸の17m堤防です。
この高さで沼津から由比まで沿岸部をカバーしていますが、海抜ゼロから
の高さが17mなので、砂の堆積によって17mを維持できていません。
テトラポットの増設など、養浜事業の継続が必要です。


2.伝法沢調整地


伝法沢調整地 伝法沢調整地2


伝法沢調整地は弥生線の千代田町周辺が毎年大雨が降ると冠水するため、
ゴルフ練習場があった土地を県が買い上げ、山から流れてくる水を一旦
調整地で受け止め、晴天時に徐々に流すというもの。平成25年度中の完成
を目指して急ピッチで工事が進んでいました。ここは4年前と比べて大き
な変化が確認できた場所でした。


3.新々富士川橋予定地

新新富士川橋2 新新富士川橋


富士市側から撮影したものです。こちらは4年前と全く変わりがありません
でした。粘り強い交渉を続けなくてはなりません。


定期的にこのような管内視察を行う必要性を感じています。今回は土木事務所
所管事業でしたが、さらに富士農林事務所や田子の浦港管理事務所の事業も
視察してみたいと思います。




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エネルギーの地産地消

5月24日、三島市にあるスマートエナジー研究所を訪問しました。
会派幹事長である高田県議のお誘いを受けて。新エネルギー関連
の視察です。他のメンバーを加えて6人で勉強をしました。


スマグリ2 スマグリ3 

スマグリ4 スマグリ1


中村CTO(実質の最高責任者)より、現在研究がされている
スマートグリッドという考え方について学びました。


スマートグッド(次世代送電網)とは、電力の流れを供給側・需要側の
両方から制御し、最適化できる送電網のことで、送電線から供給される
電力がストップした場合でも、蓄電池やEV(電気自動車)によって蓄え
られた電力で生活できるっステムのこと。


勉強会の中身は先進企業のエンジニアリング対象の話のレベルで難しく、
よくわかりませんでしたが、簡単にいうと「電気の地産地消」というもの
だと理解しました。


太陽光パネルや小型風力発電機などの整備が必要になりますが、いずれ
各家庭の電気は自分たちで発電し消費できるようになれば、原子力発電に
よる危険や火力発電によるCO2の放出がなくなる訳で、次世代にはこの
スマートグリッドという考え方が必ず主流になると思いました。


原発の有無が議論されている中、有意義な視察になりました。

 

新体制のご紹介

5月20日の臨時議会。58年ぶりに23億円強の補正予算が上程され、全会
一致で可決されました。


同時に正副議長選挙が行われ、富士市選出の植田徹さんが議長に、浜松市
西区選出の鈴木洋佑さんが副議長に選出されました。


第一会派から議長を、第2会派から副議長をという県議会の慣例があるよう
ですが、今回の統一地方選挙で自民党が単独過半数を獲ったため、議長は
もちろん、副議長まで圧倒的優位で獲得されてしまいました。昨年の我が
会派から副議長を輩出した事例を除けば、いままでずっと自民党が正副
議長を独占しています。慣例とはなんなのか?全く実現しない「慣例」を
慣例というのか?不思議な世界です。


議長選も副議長選も造反行動があったようです。県議会会派もかつてのよう
に拘束力が弱まってきてるとみるか、各議員が個々の判断で行動するように
なったのか・・・。いずれにしても議会も会派も新体制がスタートです。


我が会派の役員構成は次の通りです。
会  長  野澤 義雄(浜松市北区・5期目)
幹事長   高田 泰久(駿東郡南部・3期目)
副幹事長  四本 康久(富士宮市・2期目)
総務会長  池谷 晴一(駿東郡北部・3期目)
副総務会長 桜町 宏毅(富士市・2期目)
政調会長  阿部 卓也(浜松市浜北区・2期目)
副政調会長 大池 幸男(島田市・2期目)
常任顧問  岡本 護(浜松市中区・7期目)
常任顧問  三ツ谷 金秋(磐田市・5区)


常任顧問を除く7名が新体制での執行部となります。私も執行部の一員
として選出されました。


役回りは副総務会長。今までの総務会とは中身をがらっと変えていきます。
まずは広報活動。会派会報の継続発行はもちろんのこと、ホームページの
リニューアルと定期更新、議会閉会後の街宣車による街頭演説キャラバン隊
の編成など。さらに東部・中部・西部単位での県政報告を兼ねた政治フォー
ラムなどを定期的に開催など、会派の取組を今まで以上に県民や支持頂いて
いる団体へ発信していきます。その取りまとめ役を任ぜられており、責任の
重大さを痛感しております。


今までと同じでは成長はありません。何か挑戦しなくては。この4年間はもっと
もっと新しいことに挑戦していきたいと思います。

働く仲間との連携を強化

5月18日、沼津市内にて連合3地協(伊豆・沼津三島田方・富士富士宮)の
議長事務局長と、会派の東部会メンバーとの間で様々な意見交換を行い
ました。


東部3地協 2


今度の選挙で伸び悩んだ理由の一つは支援してもらっている連合加盟の
組合員から各議員の活動内容がうまく映らなかったことも大きな要因で
あると分析しています。


私は労組出身であり、連合地協の役員を務めていた時期もありますので、
私より今後の連合地協さんとの連携強化策について提言させて頂きました。


その中で特徴的なのは県議会閉会後に県政報告キャラバンを行うというもの。
今までは組合との個々のお付き合いの中でペーパーにして配布したり、ある
いは執行委員会や職場役員会議等の場で報告会をやらせていただきましたが、
これからはそれをさらに発展させ、東部会所属の6人の議員でキャラバンを
構成し、西は富士富士宮から西南は伊豆半島まで、各市町の人通りの多い
ところで街頭演説をしながらの県政報告を行っていくという紹介をさせて
頂きました。


連合地協さんには決して動員ではないけれど、どこどこでいつ我が会派の
東部会主催の街頭演説を行うので、組合員さんへの紹介をお願いしたいと
いう申し入れをさせてもらいました。これからはもっと会派も個人もやってる
姿をPRしていかないといけません。


そのあとは連合地協幹部との懇親会でした。大変有意義な時間を過ごせたと
思っています。選挙対策だけでなくこれからもより一層連合静岡さんや地協
の役員の皆さん、さらに単組の幹部の皆さんとの連携を強め、応援してもらって
いる私たちがどのような活動をしてるのか、きちんと行動で示していきたい
と思っています。

住民からの提言

5月17日、富士市長を訪ねました。このブログでも紹介してきた中部まちづくり
協議会の最終提案を届けるためです。


中部まちづくり市長 提言書渡し 全体


当日は中部まちづくり協議会の会長を引き受けて頂いた増田会長ほか副会長2名
と顧問である私が参加し、具体的な提案事項である「富士中部地区(中部まちづ
くり協議会の対象エリア)の建物の高さはA地区、B1,B2地区とも15m
(おおむね5階程度)とする」という住民提案を市長に手渡ししました。


中部まちづくりの経緯についてはこちら→住民説明会に関するブログ 


まちづくり協議会はあくまでも住民が自発的に自分たちが住む町内のルールを
決めるというもので、絶対高さを設けることも行政側の通告ではなく、住民側
が地権者との話し合いの中で決めていくというもの。実際には専門家である
市役所の担当課に事務局をお願いしますが、最終提言は協議会案という形でとり
まとめました。 


富士市の総合計画の中には「コンパクトシティー構想」というものがあります。
少子高齢化が進む中、できるだけ市街地に住環境を整えていくというもの。この
流れから行くと、富士市はその利便性の高さから市街地の大規模空き地には今後
マンションが乱立する可能性もあるわけで、これを見据えて早めに現行の規制
対象エリア内に絶対高さの規制をかけたことになります。


今後富士中部地区や新富士駅周辺のように規制対象地区以外での用途制限や
高さ規制をどうするかという課題は残ります。地権者の財産に制限をかけること
になりますので、今回の中部まちづくり協議会のように相当慎重な審議が必要に
なると思われますが、今回の住民運動での結末が参考になることは間違いあり
ません。


その一端に参画できたことは大変うれしく思います。ご協力頂いた皆様にあらた
めて感謝申し上げます。

働く仲間の祭典

5月8日は第82回連合メーデー。80年以上続いてきたメーデー。最近の傾向は
ファミリーメーデーと称し、模擬店や抽選会など組合員の皆さんが楽しむ集い
となってきておりますが、労働運動の歴史の長さを感じます。今年も例年同様
参加させて頂きました。


メーデー2 メーデー1 メーデー3


ひな壇左側に議員席を設けて頂きました。昨年との違いは着席している議員の
数が少ないこと。


国会議員は細野さんが不在で4区の田村さんのみ。県議は残念ながら3名が2名に。
市議も富士市議会は連合系議員は6人だったのが今回は3人(1名は欠)。富士宮
市議会も2名が1名に。連合地協に応援して頂いた議員が少なくなってしまった
現実を目の当たりにしました。残されたメンバーが連携をより強化して、働く
仲間のためにしっかりと仕事をしていかなくてはなりません。


式典終了後選挙のお礼で会場内を回りました。ご支援頂いたお一人お一人にお礼の
挨拶が十分できませんが、メーデーに参加された組合員さんとご家族は少なからず
お世話になりましたのでお礼のご挨拶です。


今後も組合員さんとの接点をより多く深くしていかなくてはならないと感じており、
現在地域の仲間議員と画策しています。具体的になりましたら改めて紹介させて
頂きます。


それにしても当日は天気がよく、参加者の多くが新緑のまぶしい青葉公園で楽しい
1日を過ごされたことと思います。やはりイベントは晴れに限りますね。

空港は復興上最も重要な施設

27日は朝から仙台空港方面へ。


まず驚いたことは空港までの道がきれいに整備されていたこと。ご存じの通り
アメリカ軍のトモダチ作戦のおかげだそうで、吉川さん曰く「あっという間に
来てあっという間に片づけて急にいなくなった」とのこと。米軍は戦地が焼け
野原になった場合、まずは戦闘機や物資を運ぶ輸送機が降りられるようにすぐに
滑走路を整備するということですが、それを教訓に仙台空港を復興拠点の最重要
地点と判断し、兵士を大勢送り込んで片づけてくれたようです。


空港へ向かう道 流されたセスナ 


写真の右側は依然として撤去がされないセスナ機。本当に不幸中の幸いですが、
地震が起きた14時46分頃、到着便が遅れていたため滑走路内には航空機が1機も
なかったそうです。しかし民間が所有するセスナ機は被害にあってしまいました。


空港のバス乗り場に車を停めてターミナル内へ。


被災当時の案内板 手作りの案内板 配車表


写真左は地震があるまで使われていた発着到着案内板。動かなくなったので、
現在は中央の板で。こちらは手作りで毎回差し込んでいました。右端は
ターミナルから駅(といっても電車が動いている駅までですが)までを
つなぐバスの運行予定表。思いのほか頻繁にバスが出ていて驚きました。


停まったままの電車 津波の高さ


というのも仙台空港には名取駅から空港までを結ぶ第3セクターの電車が
走っておりましたが、これが被災してしまい訪問した時も電車は動かない
まま。私が写っている写真は駅に上がるエスカレーター部を外から撮影
したものですが、私の頭の数十センチ上にラインがあるのがおわかりで
しょうか。ここまで水が上がったということです。そして・・・


ターミナル(当時) 車が凶器になった(当時) 


上の写真2枚は空港内に掲示されていた被災当時の写真をデジカメで上から
撮影したもの。左はターミナルからみた駐車場でとんでもない水量がターミ
ナルを襲っている様子です。右は水が引けてから撮影したものと思われる
写真。ターミナル入口部に赤い車が刺さっています。これらを米軍兵士が
片づけてくれたとのこと。感謝です。


ターミナルからみたひさし(当時) 視察時のひさし


上の写真の左は津波発生時にターミナルから撮影した写真を撮影したもの。
バスターミナルのひさしの上まで水が来ています。右は今回訪問時に撮影
したもの。後ろ姿は吉川議員ですが、吉川さんは182cmあります。その
はるか上まで水が押し寄せたということ。これまた津波の恐ろしさを感じ
させられた現場です。


静岡県にも空港がありますが、防災拠点空港の性格もあります。仙台空港の
ように沿岸部に近くないし牧之原台地にありますので津波の影響の心配は
ないと思いますが、問題は空港に通じる道路が寸断されてしまった時です。


大地震発生時に陸路が寸断された時の海路と空路の確保が重要になります。
とりわけスピーディーな対応が必要な救援物資の輸送には空路が重要。空港
から波状的に出ている各道路の耐震化は再度チェックする必要があると感じ
ました。

女川町は入江が入り込んでいたため・・・

宮城県被災地レポートの続きです。


26日の午後は石巻市から女川町へ。女川には東北電力の原発がありますが、
幸いこちらでは放射能もれはなく、現在も停止したままとのこと。


女川全景 建物倒壊1 3階建倒壊
車3階 中村雅俊メッセージ 自衛隊
町立病院 病院入口 病院に打ちあがった車


写真の上段左は高台にある女川町立病院からみた市内の全景。このように
入江の奥に民家があったので、津波が細くなった入江の先まで駆け上がり、
引き波で建物が倒壊したという典型的な津波による被災でした。


上段中央は引き波でひっくり返った漁協の建物。上段右は観光会館とこれまた
緑色の屋根部が見えるまで横倒しになったコンクリートの建築物。


中央左は3階建ての屋上に転がった車。中央中は女川町出身で歌手の中村雅俊さん
のメッセージが書かれた観光会館。「女川の街は俺たちが守る」
中央右はがれき運搬で奔走する自衛隊トラック。木材やら布団やらが山積み状態。


下段左は女川町立病院の全景。20m以上の高台にあったにもかかわらず一階部
にも水が。下段左に駐車している車はもともと20m下の街部にあった車が水位で
押し上げられ病院の入口に突き刺さったものだそうです。
下段中央は破壊された病院入口部と奥には自衛隊の皆さんが捜索している様子が。
今回の訪問でもあちこちで自衛隊の車や隊員の皆さんに出会いましたが、思わず
頭を下げずにはいられませんでした。復興に向けて大変な貢献度です。


病院の壁車 駅があったところ 海岸がれきの山


病院の高台を降りて海岸部へ。病院のノリ面には軽自動車が転がったまま。
写真中央は駅があったところ。写真には写っていませんが、左前方には
電車の車両がころがっていました。そして海岸部のがれき置き場。見ずらい
かもしれませんが、かもめが群れをなして飛んでいました。おそらくがれきの
中にある食べ物を目当てに集まっているのでしょう。腐ったようなにおいも
立ち込めていました。


静岡県の沿岸部にも入江状になったところは無数にあるはず。このような
箇所には間違いなく津波が奥地まで押し押せることを認識させられました。
女川町は高台に病院があったのでそちらに避難できましたが、本県の場合には
どうでしょうか。このような観点からもチェックが必要です。

石巻市の惨状

仙台駅から吉川さんの運転する車に乗って被災地へ。三陸道という高速
道路を利用します。高速道の普及は異常に早かったそうです。まずは
物資を運ぶ道路の復旧が最優先だったとのこと。


ちなみにこちらは高速道路にできた段差の補修箇所(黒っぽくなって
いる箇所)。あまりスピードは出せません。


高速道路の段差


仙台市若林地区は海からも近く、津波被害が甚大であったところです。
特徴は高速道路の左右で景色が違うこと。石巻市に向かって高速道路に
乗り左側は普通の街並みが見え、右側にはテレビで映るがれきが散乱する
農地が広がります。


吉川さんによると「仙台平野の高速道路は平地に土盛りをしてその上に
高速道路を建設したので、土盛りが防潮堤になって左側には海水が
入らなかったのでは」とのこと。土盛りの下を行き来するためのトンネル部
からは水が入ったそうです。


石巻市内の様子です。


がれきの山 つぶれた家 タンク 頑張って咲くさくら 郵便局 石巻への案内板 幼稚園バス 避難所小学校



上段左は片づけられたがれきの山。その右隣りはつぶれた家屋。太陽光パネル
が痛々しく残っています。赤いのは宣伝用と思われるタンク。道の真ん中まで
流されたものを何とか端へ寄せた様子。その右には被災地でも頑張って咲いて
いる桜の様子。下段左は流されなかった郵便局。一階はすべて泥だらけだった
ようです。下段真ん中はぐにゃりと曲がった石巻への案内看板。その右は被災
した幼稚園とバス。子どもたちは無事だったのでしょうか。下段右は避難所と
なっている小学校。よく見ると窓側に洗濯物が干してあります。


日本製紙石巻工場の周辺です。


日本製紙1 日本製紙2 日本製紙3 看板 新工場 チップ


下段左は新設された工場だそうで、1階は水浸しですが新マシンがある2階
は何とか無事だったようです。下段右はチップの野積み場。震災後にマシン
が動き出したのでしょうか、チップが戻ってきていました。


最後に石巻市内に通じる橋脚上から撮った川の写真。この川が逆流して石巻
市内を飲み込んでいきました。


逆流した川


次は石巻港です。


打ちあがった船 座礁した宮城県の船 ひっくりタンク
地盤沈下 丸太 発砲スチロール


上段真ん中の堤防に乗り上げた船は宮城県所有のもの。上段右はひっくり返った
重油タンクと思われるもの。下段左は段差ができた船着き場。魚の腐った臭いが
しました。真ん中は道路をふさぐ丸太。右は被災した発泡スチロール工場と
無残な姿のトラック。


最後に石巻市から戻る途中の県道にて。


ぶつかった船 貨物船 県道

流された橋 落ちた道


上段左の船は造船所で建造中の貨物船2隻でこれが県道をつなぐ橋にぶつ
かって橋脚がながされ、流された橋の部分(下段左)は川の真ん中に押し
やられていました。


惨状を見て感じるのは津波エネルギーの恐ろしさ。とてつもないパワーで
信じられない光景を作り出していました。


翌日は仙台空港周辺と仙台市若林地区の様子を視察。こちらはまた後日。






















仙台へどうぞお越しください

26日(火)9:56新富士発の新幹線で東京へ。一緒に視察に出掛けたのは
駿河区選挙区で当選された鈴木智さんです。鈴木さんとは榛葉参議院議員の
秘書時代、一緒に六ヶ所村へ視察に出掛けたことがあり、今回の視察にあた
り声をかけさせてもらったところ快く参加してくれました。新幹線車内では
昔話に花が咲きました。


鈴木智 


東京駅で仙台行きのMAXはやぶさの自由席チケットを購入してホームへ。
前日の25日から仙台まで開通しましたので混雑していると思いきや、意外
とすいており、難なく座れました。


途中25分くらい信号待ちで停車しましたが無事仙台駅へ。さっそく視察開始
です。私と一緒に写っているのは今回現地案内してくれた宮城県議会議員の
吉川寛康議員です。


吉川議員


まずは仙台駅。被災後約45日後での訪問となりましたが、駅舎は補修中だった
ものの、構内はまったく普通でした。駅周辺も本当に45日前に大きな災害が
あったとは思えないほどの普通の政令都市の玄関でした。


駅外観  駅周辺  

駅構内1  駅構内2 


新幹線ホームを降りるとボランティアの受付が。連休前なので人はいません
でしたが、どこの地域でどんな内容のボランティアを募集という掲示板が
ありました。意外だったのは県内のみに限定していること。宿泊対応が困難
ということでしょうか。


ボランティア受付


皆さん、仙台駅周辺は全く問題がありません。連休前には再開するホテルも
増えるようです。春まっさかりのみちのくへ出かけてみてはいかがですか?


駅周辺は何もなかったように穏やかでした(というか被災規模が小さく、すぐ
に復旧できたということでしょうか)が、この後目にする光景はすさまじい
ものでした。こちらは後日あらためて。

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プロフィール

桜町宏毅

Author:桜町宏毅
静岡県議会議員
1965年9月6日生まれ
A型

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