サクラノタヨリ
県政や県議会で感じたことを書いています

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隔離政策の影

厚生委員会副委員長の立場で、御殿場市にあるハンセン病の療養施設
(神山復生病院/国立駿河療養所)を訪問してきました。


神山復生病院で亡くなった方の墓標

複生2


施設利用者との懇談会

複生1


国立駿河療養所にて

ハンセン


納骨堂にて

スルガ納骨 ハンセン2


ハンセン病とはらい菌による慢性の感染病で、治療方法がなかった時代には
視力障害や手足、顔面の変形などの症状があり、かつては人に移る病気と
誤った認識があったため、本人の人権はまったく無い状態で完全に社会と
隔離されていました。


平成13年に熊本地裁でハンセン病政策が違憲であるとの判決があり、国も
過ちを認め、患者に謝罪をしています。この時点で隔離されていた患者の
皆さんは故郷に戻り、普通の生活ができるはずですが、永きに亘って故郷を
離れ、親類と絶縁した人など、さまざまな理由で社会に戻ることができず、
いまだに全国で2,000人を超える方々が専門の施設で生活されています。


静岡県では毎年1回、墓参と施設利用者との交流を厚生委員会の正副委員長と
地元県議で対応しており、今回2か所の施設を訪問してきました。


あってはならない人権無視の政策が続き、つらく悲しい歴史を直視して
きました。利用者の方々はすでにご高齢で、80歳を超える方々が多く、毎年
在籍者が亡くなるわけですが、新規にり患される患者は皆無なので、年を追う
ごとに利用者が減っていき、いずれは県内の施設利用者もゼロになるとの
こと。


ご存命の限り、国も県もしっかりとしたケアをしてかなくては今までの差別と
偏見に報いることはできないと感じました。このブログを読んでいただいた
皆さんにも、繁栄を極めた日本にもこのような影の部分があることを知って
頂きたいと思います。
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7か月後の被災地レポート VOL.3

日本製紙石巻工場の周辺です。さすが大手の製紙会社。主力工場ということも
あり、完全に復旧されていました。

日本製紙1 日本製紙 


下の写真の左が4月末、右が7か月後。ボイラーから煙が出ており、また脱線した
貨物用コンテナは完全に片付けられていました。


日本製紙1 日本製紙3 

日本製紙2 日本製紙2


崩落した県道の橋。架け替えではなく、仮設の橋で対応してました。また、
川に流された橋脚の残骸は撤去された模様です。

落ちた道 県道の橋

流された橋 県道の橋2


女川町です。町立病院は通常の診察がされている様子でした。「頑張ろう」の
「頑」という字が剥がれ落ちているのにそのままということは、病院関係者も
平常心になってきたということでしょうか。


町立病院 女川7


漁協の建物がひっくり返っていましたが、建物はそのまま放置されたままでした。


建物倒壊1 女川2 


ビルの屋上に突き刺さっていた車は完全に撤去され、ビル自体も解体が始まって
いました。


車3階 女川3


女川町の全景です。お気づきでしょうか、がれきが撤去されたことだけが復旧の
証で、新しい建物の建設などは始まっておらず、7か月たっても「復旧」は進んで
も、「復興」まではまだまだ先といった印象がありました。


女川全景 女川4


街全体の復興はまだまだでも、人々の生活は徐々に通常に戻りつつあるといった
印象でした。歯科診療所やコミュニティールームなどがプレハブながらできており、
看板も力強い文字で、町民の意気込みが感じられました。

女川8 女川9


次回は仙台空港周辺です。

7か月後の被災地レポート VOL.2

旧雄勝町と石巻港周辺の報告です。


<旧雄勝町>

雄勝2 雄勝1


後ろにある建物は旧雄勝町の観光振興センター。建物の2階以上に水が上がった
と思われるラインがありました。その前にある新品の自動販売機。ここでも
ニーズがあるようです。


右の写真は宮城県議会議員選挙のポスター。がれきの山の中にぽつんと立てら
れていました。生活感が全く感じられない場所に選挙ポスター。当然ながら
投票率も低かったとのことです。ポスターには「復興」の文字が躍っていました。


<石巻港周辺>

地盤沈下 石5


左は4月末に撮影したもの、右は11月9日のもの。震災直後に陥没していた岸壁
は完全に復旧していました。


完全に破壊された港湾施設も徐々に復旧している様子がわかりました。


ひっくりタンク 石1


左は11月9日に撮影した旧石巻水産加工業協同組合の事務所。新たな場所に新築
の組合事務所が建設されていました。これも港が復旧してきた象徴です。


石7 石6


但し、水産加工会社の大きなタンクは周囲のがれきは撤去されたものの、4月末も
11月も同じところに放置されていました。


タンク 石8


完全に港湾整備が終わったわけではないのですが、ガスタンクも新設されるなど、
確実に市民生活が戻ってきている様子がわかりました。


石9 石2


しかし、写真には写っていませんが、港周辺の住宅地は軒並み津波で破壊され、住民は
仮設住宅に移り住んでいるのでしょうか、人影は全く見れませんでした。


次回は女川町と日本製紙石巻工場周辺の復旧状況です。

7ヶ月後の被災地レポート Vol.1

3.11から1か月以上経過した4月の終わり。宮城県議会議員の吉川さんのご協力を
得て、宮城県の被災地を訪問しましたが、11月9日に7か月ぶりに再び訪れました。
今日から数回にわたって現地の「復旧状況」を報告します。


4月の訪問時には行かなかったのですが、全校生徒のほとんどが流されてしまった
という石巻市立大川小学校を訪問しました。


大川1 大川2 大川3


大川5 大川ごみのやま 大川鎮魂碑


この小学校では地震直後、全校生徒が校庭に集合し、対応を協議をしているうちに
隣を流れる川から水が流れてきて、一部の生徒と先生は裏山に上ったそうですが、
ほとんどの子供は逃げ切れず流されてしまったという悲しい出来事があった場所
です。


いまだに捜査の一環でしょうか、重機でがれきをくみ上げ、振動で古い落とす作業
が行われていました。


鎮魂の碑があったのですが、正面から撮影するのが忍び難く、横から撮りました。
奇跡的に助かった子供たちが逃げた裏山はほんの近くにあり、避難誘導できな
かったことが本当に悔やまれます。


7か月経過しても献花は絶えることはありませんが、隣の被災の様子を掲示した
掲示板からは写真が剥がれ落ちており、関心が薄くなってきたことを象徴して
いるようでした。

Fujisan Deli

先の統一地方選挙で残念ながら落選された裾野市選出の勝又喜久男さん
が東京の押上に富士山の恵みのアンテナショップをオープンさせました。


詳しくはこちらをどうぞ → 勝又喜久男さんの店 Fujisan Deli


11月8日、宮城県の被災地訪問の前にお店を訪問しました。
場所は都営浅草線押上駅から徒歩5分。押上と言えば今東京の一番の
観光スポット「スカイツリー」のすぐ近く。


さらに十間橋という橋からは写真のような逆さスカイツリーが見れます。


逆さスカイツリー


お店の外観はこんな感じです。


店 従業員


素敵な女性店主が切り盛りしております。お近くにお越しの際はぜひ
立ち寄ってあげてください。

先生のご苦労を市民に伝える役目

11月6日、朝から雨でしたが午後には上がり、曇り空の三島駅南口。教員の
組合である静教組本部主催による「子供たちの豊かな教育環境実現のため
の署名活動」に参加してきました。


連合静岡推薦または静教組推薦の議員のうち、組織内議員の富士市議会議員
宮川和久さん、そして県議では四本さん、橋本さん、私、市議では富士宮
市議の野本貴之さんが弁士としてマイクを握り、教育環境改善の必要性に
ついて訴えてきました。


静教組三島 弁士 静教組2 静教組3


署名に協力して下さった方は200筆以上だそうで、1時間の活動でも成果があった
と思われます。連合加盟単組では組合員に署名のお願いをしており、毎年25万筆
以上の協力があるそうです。


予算策定のこの時期、この署名を知事あてに提出し、例えば静岡式35人学級をさら
に進展させ、「30人以下学級の実現」や、避難所にもなりえる小中学校の完全耐震
化などを要望されています。


予算がひっ迫している中、この国の将来を担う人材を育てる意味から、教育に関す
る予算が削減されないよう、県議会議員の一人として、また働く仲間から応援を
してもらってる議員の一人としてその必要性を訴えてきました。

民主党東海ブロック議員研修会

11月4日、5日と浜松で民主党東海ブロック地方議員研修が行われました。
これは、静岡、三重、岐阜、愛知の各県連が持ち回りで年1回主催県となり、
志向をこらした企画によって、議員の見識を深めるとともに、他県の民主党
議員との交流を目的として開催しております。


今年は静岡県が当番県。ましてや私がこのフォーラムの世話人に任命された
ため、県連事務局と検討を重ね、当日を迎えました。


開会 参加者

主催者aisatu2 主催者あいさつ


初日の4日には静岡県の医療水準と県立3病院の独法化について学んでもらう
ため、県立総合病院の院長である神原先生をお招きし、講演をして頂きました。


神原先生


さらに、静岡県の地域外交補佐官である東郷和彦氏をお招きし、地域独自の
直接外交の重要性についての講演をお願いしました。


東郷先生


2日目の5日にはNPOの役割と期待という趣旨で、静岡大学教授の日詰先生を
講師にお招きして講演していただきました。


日詰先生


そして最後は大変忙しい中、原発収束担当大臣・環境大臣の細野豪志衆議院議員
に来て頂き、「福島第一原子力発電所の事故に学ぶ」との題で1時間ほどの講演を
お願いしました。


細野氏2 細野氏


最後の総括講評を岡本筆頭副幹事長にお願いし、2日間のカリキュラムを終了し
ました。


岡本副会長


企画、実行と大変でしたが、皆さんから「お疲れ様」と声をかけてもらうと
担当した甲斐がありました。少しは党活動に貢献できたかと感じてます。






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プロフィール

桜町宏毅

Author:桜町宏毅
静岡県議会議員
1965年9月6日生まれ
A型

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